津田健次郎氏のAI音声訴訟、東京地裁は削除請求を棄却――判決文は声を「個人の人格の象徴」とし、パブリシティ権侵害の要件を示した

津田健次郎氏のAI音声訴訟、東京地裁は削除請求を棄却――判決文は声を「個人の人格の象徴」とし、パブリシティ権侵害の要件を示した

※本記事は2026/09/30時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。

声優の津田健次郎氏が、生成AIで声を模したとされるナレーション付き動画188件の削除を求めた訴訟で、東京地裁は9月30日、請求をいずれも棄却した。投稿者が5月にアカウントを削除し、動画は6月28日の経過をもって被告のサーバから削除されたと認定された。

一方で判決文は、声について「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴であるということができる」と述べ、パブリシティ権の侵害に当たる要件を示した。本件の音声がその要件を満たすかどうかは判断していない。

本記事は裁判所Webサイトに掲載された判決文と、法務省が8月7日に公表した報告書を照らし、判決が判断したことと判断しなかったことを分けて整理した。引用は原文のまま示し、数字だけ半角に改めた。

東京地裁は請求を棄却、動画は6月に削除済みと認定

判決は、投稿者によるアカウントの削除で動画が既に消えていたことを理由に、削除請求を退けた。審理は東京地裁民事第46部が担当し、合議体の裁判長は髙橋彩裁判長(判決文の表記)だった。

TikTok運営会社に188件の動画の削除を求めた訴訟

原告は津田健次郎氏、被告はTikTokを運営するTikTok Pte. Ltd.(シンガポール法人)だ。事件番号は令和7年(ワ)第70635号で、事件名は「投稿記事削除請求事件」とされた。

判決文は本件を「不正競争防止法(以下「不競法」という。)3条又はパブリシティ権に基づく侵害排除請求権に基づき、本件各記事の削除を求める事案」と位置づけた。

判決文の前提事実によると、投稿者は2024年7月~2025年9月に、TikTokに188件の動画を投稿した。動画は映像・字幕と「都市伝説、心霊現象等の雑学のナレーション」を組み合わせたもので、アカウントは2025年11月時点で21万人以上のフォロワーを持っていた。

外部のWebサイトには、音声は原告の声を使ったものではなく「声真似が上手い友人の声」を学習させたデータによるとの趣旨の記載があった。報道によれば提訴は2025年11月で、口頭弁論は2026年7月3日に終結した。

被告の「訴えの利益を欠く」との主張は退け、請求を棄却

判決の主文は「1 原告の請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。」だった。判決は、訴えの利益を欠くとの被告主張を退け、原告の請求には理由がないとして棄却した。

被告は、動画は削除済みだから原告の訴えは訴えの利益を欠くと主張していた。判決はこれに対し、「削除請求の対象の存否は実体上の削除請求権の存否に関するものであり、訴えの利益の有無を左右するものではない」と述べ、この主張を退けた。

「仮に被告に削除義務が生じ得るとしても」請求は理由がないと判断

棄却の直接の理由は、争点3「本件各記事が既に削除されたか」の判断にある。投稿者は2026年5月29日にアカウントを削除しており、判決文はその後の経過を次のように認定した。

「30日以内にアカウントの復旧申請をしなかったことから、本件各記事を含む本件アカウントのデータは、同年6月28日の経過をもって被告のサーバから削除されたことが認められる」という認定だ。

その上で判決文は「仮に被告に削除義務が生じ得るとしても、前記⑴によれば、口頭弁論終結時までに、被告において削除の対象である本件各記事を削除したことが認められ、被告が更に本件各記事の削除義務を負うものではないから、原告の請求はいずれも理由がないことが明らかである」と結論づけた。

TikTokに削除義務があったかどうか自体は、この「仮に」の前置きのまま判断されていない。判決文は削除義務の有無に踏み込まず、削除済みという事実から結論を導いた。

不競法の争点と声の当てはめは「これ以上の判断はしない」

判決文は争点を「⑴ 不競法に基づく削除請求の可否(争点1)」「⑵ パブリシティ権に基づく削除請求の可否(争点2)」「⑶ 本件各記事が既に削除されたか(争点3)」の3つに整理していた。

争点3で削除済みと認めた後、判決文は「事案にかんがみ、本件において、その余の争点についてこれ以上の判断はしない」と締めくくった。不競法の争点は判断されず、本件の音声が津田氏の声に当たるか、パブリシティ権の侵害に当たるかも判決文には書かれていない。

判決文7ページが示した声のパブリシティ権侵害の要件

判決文は、争点2に関して声についての要件を示した。ただし、本件の音声への当てはめは行わず、争点3の検討に移っている。

「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴」とした一文

判決文7ページの該当箇所は次の通りだ。

「パブリシティ権に基づく削除請求の可否(争点2)に関し、人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴であるということができるところ、例えば実演家の声等を無断で使用する行為は、その声が商品の販売等を促進する顧客吸引力を有するといえる場合であって、その声を使用する行為が専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるときは、パブリシティ権の侵害に当たると解するのが相当であるといえる。もっとも、本件においては、削除請求の対象である本件各記事が既に削除されたか(争点3)が問題となっていることから、まず、この点について検討する。」

要件は2段で構成された。声が「商品の販売等を促進する顧客吸引力を有するといえる場合」であることと、声を使う行為が「専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるとき」であることの2つだ。例として挙がったのは「実演家の声等」の無断使用だった。

本件の音声が侵害に当たるかは判断されなかった

判示の直後、判決文は「もっとも」と続けて争点3の検討に移った。削除済みと認定した後は争点2に戻っていない。

報道各社の書き方も、この点で分かれた。弁護士ドットコムは「判決は一般論として」と書き、ITmedia NEWSは「今回の動画が侵害に当たるかどうかの判断はしていない」と明記した。時事通信は、判決が「声の無断使用について権利侵害があり得ると述べた」と報じている。

「初めて」は代理人と報道の言葉、判決文に「初」の語はない

原告側の代理人(判決文では復代理人)の平野敬弁護士は判決後、「明示的にパブリシティ権の射程内に声が収まるとした判決という意味では、これが初めてということになるだろう」と語った(弁護士ドットコム)。時事通信は「初判断」、TBS NEWS DIGは「初めての判断」と地の文で報じた。

一方、判決文そのものに「初」の語はない。「初めて」という位置づけは、代理人の発言と各媒体の報道によるものだ。

ピンク・レディー事件の最高裁判決と並ぶ文言

判決文の言い回しには、2012年2月2日のピンク・レディー事件最高裁判決の文言と対応する部分がある。最判の文言は、法務省の報告書に収録されたものから引いた。

項目東京地裁判決(2026年9月30日)ピンク・レディー事件最判(2012年2月2日)
人格の象徴「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴であるということができるところ」「人の氏名、肖像等(以下、併せて「肖像等」という。)は、個人の人格の象徴であるから」
目的の要件「専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるときは」「専ら肖像等の有する顧客吸引力の利用を目的とするといえる場合に」
類型の列挙列挙はない「①肖像等それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使用し、②商品等の差別化を図る目的で肖像等を商品等に付し、③肖像等を商品等の広告として使用するなど」

判決文の声の判示には、最判が挙げた3つの類型の列挙はない。表は文言の対応を並べたもので、両者の関係を評価するものではない。

原告側は「当初の目的は完全に達成」と説明

判決後に取材に応じた原告側の代理人は、動画の削除という目的は達成したと説明した。弁護士ドットコムは、津田氏側が控訴しない方針だと報じている。

開示命令では投稿者を特定できず、投稿者の自主削除で動画が消えた

弁護士ドットコムによると、津田氏側は投稿者を特定するため発信者情報開示を申し立て、2025年8月に開示命令が出た。ただし、開示されたIPアドレスはログの保存期間が過ぎており、投稿者の特定には至らなかった。

その後、2025年11月の提訴を経て、審理中の2026年5月29日に投稿者自身がアカウントを削除した。平野弁護士は「一般に削除請求は、新たな投稿や再アップロードとのいたちごっこになりがちだが、投稿者が自主的にアカウントを削除したことで、こちら側の目的は達成できた」と語っている。

代理人が語った判決の受け止めと、請求しなかった損害賠償

平野弁護士は判決後、「アカウントごとすべての動画が削除されたので、当初の目的は完全に達成した」と説明した。声についての判示については、「今後同様の裁判をするとき、この部分を生かして主張しやすくなったかもしれない」とも述べた。

さらに「本件訴訟や法務省の検討会などを通じて、結果的にパブリシティ権を通じて声の権利というものがある程度意識されるようになった」と語った。損害賠償は「金銭を目的とするものではない」として当初から請求しておらず、判決文も本件を動画の削除を求める事案として整理している。

被告は「普遍的な男性の声」と主張

判決文によると、被告は審理で「本件音声は、普遍的な男性の声であり、話し方も必ずしも特徴的なものではないから、原告の声と類似すると直ちにはいえない」と主張していた。この主張に対する判断も、「その余の争点」として示されていない。

法務省の8月7日報告書が示した声の利用の線引き

判決の約2カ月前の8月7日、法務省は声の無断利用に関する検討会の報告書を公表していた。報告書も声を「個人の人格の象徴」と述べ、侵害の例として具体的な利用場面を挙げた。

143ページの報告書は自らを「解釈指針」と位置づける

正式名は「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会取りまとめ報告書」で、副題に「生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針」を掲げ、PDFは全143ページある。検討会は東京大学大学院の田村善之教授を座長に、2026年4月24日~7月27日に5回開かれた。

報告書は136ページで、「本報告書は、このような内容を解釈指針として示すもの」と自らを位置づけた。NTT西日本は9月28日のリリースで、報告書について「現行法の解釈を整理したものであり、声そのものを直接保護する新たな法律が生まれたわけではありません」と説明している。

声の扱いについて、報告書9ページは「声がパブリシティ権の保護対象に含まれることについて、異論がなかった」と記す。7ページには「特に生成AIによる無断利用事案については、裁判例もなく」との記述があり、これは8月時点の記述だ。9月30日の判決は、その約2カ月後に言い渡された。

ナレーション・AIカバー・広告を侵害の例に挙げた

報告書は26ページで、ピンク・レディー事件最判の3類型と「など」の基準が、声にも「同様に妥当すると考えられる」とした。声それ自体を独立して鑑賞の対象となる商品等として使う第1類型・商品等の差別化を図る目的で声を付す第2類型・声を商品等の広告として使う第3類型の3つだ。

30ページの要点欄は、「ボイスメッセージやボイススタンプ、オーディオブック、AIカバー、ナレーション、声を聞くことのできる目覚まし時計、カーナビゲーション、スマートスピーカー、広告等のナレーションに利用する場合が、声の無断利用によるパブリシティ権侵害の例であると考えられる」とまとめている。

29ページは「SNS等における有名人のなりすまし広告も」、その有名人の声や、その声と識別できる音声を使っていれば「第3類型に当たると解される」とも書く。

報告書と判決が扱ったのは権利侵害の線引きで、製品の側では本人の同意を確かめる仕組みが組み込まれ始めた。Googleが9月23日付で公開したGemini 3.8の音声合成モデルは、声の複製に参照音声と、定型文を読み上げた同意音声の2本を求める。

似た声は「識別」できるかで判断、声紋の分析は考慮要素の一つ

本人に似た声が使われたときについて、報告書27ページは「声の類似性の程度に加え、使用されるに当たって付加された本人の声を想起させる情報等を総合的に考慮して」判断するとした。顧客にとって「本人の声であると識別することができるものであるときは」、本人の声の使用と認められるという。

物まねや声まねについては「パブリシティ権侵害に該当しないものと解される」とした。ただし、顧客に本人を示すものと誤解されるときは「パブリシティ権侵害となる余地がある」と付け加えている。

脚注56は「声紋の類似性の程度に関する科学的分析は、考慮要素の一つとなり得るものの、決定的な要素にまでなるわけではないと考えられる」と書く。

判決は声の類似の論点に入っておらず、報告書のこの基準が本件の音声にどう当てはまるかは、判決文からは分からない。

プラットフォームへの削除請求と、判決の「仮に」

報告書38ページは「インターネット上に投稿されたパブリシティ権を侵害するコンテンツの削除請求は、これを管理運営するプラットフォーム事業者に対してもすることができると考えられる」とする。

判決は、TikTokに対する削除請求について「仮に被告に削除義務が生じ得るとしても」と前置きした上で、削除済みを理由に請求を退けた。プラットフォーム事業者の削除義務の有無は、本件では判断の対象にならなかった。

声の相談窓口と俳優団体の反応、原文から読める3点

判決の前後には、声の権利をめぐる相談窓口の開設や業界団体の表明も続いた。企業の相談を受ける窓口が9月28日に開き、俳優団体は判決当日にXで見解を示している。

NTT西日本が9月28日に「声の相談窓口」を開設

NTT西日本のVOICENCEカンパニーは9月28日、無料の「声の相談窓口」を開設した。出井甫弁護士と共同で運営し、骨董通り法律事務所が協力する。

相談の対象は実演家・所属事務所・権利保有者に加え、企業担当者も含む。企業向けの想定相談例には「キャラクターや声優のAI音声を作る際、どのような合意形成が必要か」が挙がった。窓口は一次対応として一般的な知識や考え方を伝えるもので、「個別案件に対する法的判断や法律相談は行いません」としている。

日本俳優連合は判決当日にXで津田氏を支持

日本俳優連合は9月30日15時8分、公式Xで「津田さんの活動を支持し、その勇気に感謝いたします」と投稿した。同じ投稿では「弊連合は正式な判決文全文を確認させていただき、改めて後日HPにてコメントいたします」とも述べている。

中国では北京インターネット法院がAI音声の事件で判断

中国では2024年4月、北京インターネット法院がAI音声をめぐる事件で判断を示した。同法院の公表によると、本人の同意を得ずにAIで再現した声が本人を識別できる程度に似ていた事案で、人格権侵害を認めた。

判決文と報告書から原文のまま読める3つの点

生成AIの音声を社内研修・広告・チャットボットで使う企業から見ると、今回の判決文と報告書から原文のまま読める材料は次の3点だ。

  • 判決文が示した2つの要件:声が「商品の販売等を促進する顧客吸引力を有するといえる場合」で、使う行為が「専らその声の有する顧客吸引力の利用を目的とするものといえるとき」に、判決文は「パブリシティ権の侵害に当たると解するのが相当」とした。本件への当てはめは示されていない。
  • 報告書が挙げた利用場面:報告書はナレーション・AIカバー・広告等のナレーションを、声の無断利用による侵害の例に挙げた。報告書は自らを解釈指針と位置づけている。
  • 似た声の判断のされ方:報告書は、本人の声だと識別できるかを、声の類似性と本人を想起させる情報を合わせて判断するとした。声紋の科学的分析は「決定的な要素にまでなるわけではない」とされた。

いずれも、使う声が誰の声として受け取られるか、何の目的で使うかを確かめる材料になる。判決の結論は請求棄却で、声については要件が示された一方、本件の音声への当てはめは行われなかった。

※出典:令和7年(ワ)第70635号 投稿記事削除請求事件 判決(PDF・裁判所) / 肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会(法務省) / 肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会取りまとめ報告書―生成AIによるパブリシティ権侵害等に関する解釈指針―(PDF・法務省) / 同 概要資料(PDF・法務省) / 生成AI時代の「声」の未来を、実演家・事業者・専門家とともに創る「声の相談窓口」を9月28日に開設(NTT西日本) / 日本俳優連合の公式アカウントの投稿(X) / Gemini 3.8 Flash TTS および Gemini 3.8 Flash-Lite TTS(Google) / AI-generated voice mimicry infringes on rights(北京インターネット法院・原文は英語) / 津田健次郎さんの「声」を生成AIで無断模倣、東京地裁が「パブリシティ権」の対象と初判断…請求棄却でも残した意義(弁護士ドットコム) / 「AIで声を模倣された」津田健次郎さん、TikTok運営会社への削除請求を棄却 東京地裁(弁護士ドットコム) / 声にも「パブリシティー権」初判断 生成AIで模倣、人気声優訴え―削除請求は退ける・東京地裁(時事通信) / 「声」もパブリシティー権の保護対象に 津田健次郎さんのAI声模倣訴訟で東京地裁が判断──削除請求自体は棄却(ITmedia NEWS) / 【速報】声が「パブリシティ権」の保護対象と認める判決 津田健次郎さんの訴え退けるも東京地裁が初判断 TikTok運営会社に生成AI動画の削除求めた訴訟(TBS NEWS DIG)

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