中国最高人民法院、AI紛争の裁判指針24条を公表――著作物性と無許諾学習は「留白」

中国最高人民法院、AI紛争の裁判指針24条を公表――著作物性と無許諾学習は「留白」

※本記事は2026/09/08時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。

中国の最高人民法院は9月7日、AIをめぐる紛争の裁き方を示した裁判規則文書《最高人民法院关于依法审理涉人工智能纠纷案件的意见》(法発〔2026〕10号・以下「意見」)を公表した。同日15時(現地時間)には記者発表会が開かれ、副院長の陶凱元氏が「意見」を発表した。

「意見」は5つの部分・全24条で構成される。最高人民法院はこれを「国家の最高審判機関が発布した初のAI関連司法裁判規則文書」と自ら位置づけた。

その背景として示されたのが専門法の不在だ。解説部分は「現在わが国はまだ専門の人工知能法を制定していない」と明記し、民法典や著作権法といった既存の法律を根拠に裁判の指針を示す形をとった。

一方で記者発表会の質疑応答は、AI生成コンテンツの著作物性と、他人の著作物を許諾なく大規模モデルの訓練に用いる行為の性質決定という2つの論点について、当面は規定を置かないと説明した。本記事の中国語原文からの引用は、全て編集部訳による。

最高人民法院が公表した「意見」の中身と位置づけ

最高人民法院ニュース局の開催予告と公表記事によれば、記者発表会は9月7日15時(現地時間)に開かれた。陶凱元氏のほか、研究室主任の周加海氏・民事第三法廷長の李剣氏・研究室副主任の司艶麗氏が出席し、記者の質問に答えた。

5つの部分と24条で構成し、公表全文に施行日を特定する記載はない

解説部分は「《意見》は5つの部分に分かれ、全24条である」と記す。文書番号は「法発〔2026〕10号」で、末尾の署名は「最高人民法院 2026年9月7日」のみだ。確認した公表ページの前文・第1条~第24条・末尾には、施行日を特定する文言は見当たらない。

最高人民法院自身は、本文書を「司法裁判規則文書」と呼んでいる。2021年改正の司法解釈業務規程は、司法解釈の形式を「解釈・規定・規則・批復・決定」の5つとする。この文書は「意見」で、文書番号も「法発」であり、司法解釈とは別の文書だ。

部条の範囲主な内容
第一部分第1条~第2条指導思想・基本原則(人間本位・イノベーション支援・安全の下限)
第二部分第3条~第11条帰責原則・AIによる顔のすげ替えや音声の模倣・個人情報・生成AI提供者の責任・AI製品責任・価格差別・自動運転
第三部分第12条~第16条著作権侵害と開発者の立証・オープンソースの責任免除・AIによる発明創造・データ
第四部分第17条~第20条証拠の審査・AI生成コンテンツの証拠力・虚偽証拠と虚偽訴訟・刑事責任
第五部分第21条~第24条多元的な紛争解決・審判の監督指導(提級管轄と案例庫)・部門間の協力・国際司法交流

専門のAI法が無いまま、8つの法律を根拠に据えた

「意見」の前文は、民法典・サイバーセキュリティ法・データセキュリティ法・著作権法・反不正当競争法・消費者権益保護法・個人情報保護法・民事訴訟法の8つを根拠として挙げる。条文中ではこのほかに製品品質法(第3条・第9条)と道路交通安全法(第3条・第11条)も引かれた。

解説部分は「AIは新しい技術であり、AIに関する法律問題は新しい問題である。現在わが国はまだ専門の人工知能法を制定していない」と述べている。専門法が無い状態で、既存の法律をどう適用するかを最高審判機関が束ねた文書だ。

公表ページの起草背景は上位の方針も引く。最高人民法院の説明によれば、2025年4月の中央政治局の集体学習における習近平総書記の指示と、「十五五」規画綱要が、AI分野の法令・政策・倫理準則の整備を求めている。

侵害責任を扱う条文は何を示したか

侵害を扱う第二部分は、責任の枠組みと個別の場面を並べる。第4条はAIによる顔のすげ替えや音声の模倣とAIによる故人の再現を、第5条は個人情報を暴いてインターネット上にさらす行為(原文は「网络开盒」「人肉搜索」)を対象にした。

第3条は過失責任を原則に置いた

第3条は「法律に無過失責任または過失推定責任の適用が明確に規定されていない場合は、民法典第1165条第1項の過失責任の原則により、行為者が不法行為責任を負うかを認定する」と定める。原則は過失責任だ。

過失の有無と程度の判断では、AI適用の具体的な場面・自律化の程度・技術と情報の透明度・潜在リスクと影響範囲が挙げられた。開発者らが侵害の予防のために取った措置と技術上の可能性、利用者の予見能力と制御能力も総合考慮の対象になる。

第6条は公開された個人情報の訓練利用に条件を付けた

第6条は、モデル訓練のために合理的な範囲で個人情報を取り扱う場面を定めた。対象は「個人が自ら公開した、またはその他すでに適法に公開された個人情報」で、「個人が明確に拒絶していない場合は、一般に個人情報権益の侵害行為とは認定しない」とする。

限定は同じ条文に置かれている。「個人の権益に重大な影響がある場合は、法の定めにより個人の同意を取得しなければならない」とあり、「合理的範囲」の認定にも3つの考慮要素が課された。

考慮要素は、取扱いの目的とモデル機能の必要性・適切性、個人情報の類型とセンシティブ度と権益への潜在的影響、個人が公開した際の場面と合理的に予期しうる使用範囲だ。公開された情報なら訓練に自由に使えるという規定ではない。

第7条は通知削除ルールを生成AIに参照適用する

第7条は、生成AIが自動生成した内容が名誉権やプライバシー権などの人格権益を侵害した場面を扱う。権利者の通知を受けたのちに侵害内容の生成停止といった必要な措置を速やかに取らなければ、生成AIサービス提供者が損害について責任を負う。

通知には、侵害を構成する一次的証拠と権利者の真実の身分情報を含めなければならない。侵害的なプロンプトの入力によって悪意にAIを誘導した利用者自身も、責任を負うと明記された。

質疑応答は、これを民法典第1195条の「通知削除ルール」、いわゆるセーフハーバー・ルールの参照適用だと説明した。

ハルシネーションへの言及も質疑応答にある。「AIが自らのハルシネーションによって、または利用者の悪意ある誘導によって侵害コンテンツを生成した後は、権利者の通知を受ければ、提供者は必要な措置を取るべきである」との説明だった。確認した公表ページの第1条~第24条では、この語を確認できない。

第9条の製品責任は実物を伴うAI製品に限る

第9条は製品品質法の「製品」の定義に基づき、実物を載体とするAI製品に製品責任のルールを適用する。欠陥の認定では、性質と用途・自律学習能力・更新の状況・ユーザーのシステム制御の程度・国家標準や業界標準への適合が総合考慮の対象になった。

質疑応答はこの限定を明言している。「AI製品は実物を載体とする製品、例えばスマートロボットや自動運転車などに限定し、実物の載体を持たないAIサービスは対象外とする」。製品責任の拡散を避けることが理由に挙げられた。

第10条は、アルゴリズムによる取引価格などの不合理な差別的取り扱い(原文は「大数据杀熟」)を規制する。第11条は自動運転車の事故を扱い、裁判所が車両の生産者らにイベント記録の提供を求められると定めた。

知的財産と証拠をめぐる条文

第三部分(第12条~第16条)は知的財産、第四部分(第17条~第20条)は訴訟手続と刑事責任を扱う。

第12条は開発者に訓練データの提出を命じる

第12条は、AI生成コンテンツが他人の著作権を侵害したときの責任配分を定める。考慮要素として並ぶのは、AIサービスの類型・業界の特性・訓練データの出所・各当事者の関与度・取った必要措置・収益状況だ。

続けて「AI開発者が非侵害の抗弁を行う場合、訓練データの出所・訓練過程の記録・モデルの動作方式・科学的理論の根拠等を提出して裏付けるよう命じなければならない」とある。命じる主体は人民法院である。

質疑応答は二段構えを示した。権利者がまず「侵害内容が当該AIによって生成されたこと」「権利作品と実質的に類似すること」といった一次的事実を立証し、その上で抗弁する開発者側が訓練データなどを立証する。立証責任が全面的に開発者へ移るという整理ではない。

第13条と第14条はオープンソースと発明者を扱う

第13条は、オープンソースの開発者と提供者に「適切な責任免除」を与えると定めた。無償のオープンソースとしてコードモジュールを提供し、その機能と安全上のリスクを公開して説明していた場合、他人の使用で侵害が生じても責任を負わないと認定できる。

第14条は特許の場面を扱う。自然人がAIを用いて完成させた発明創造は、その自然人が実質的特徴に創造的貢献をしたときに当該自然人を発明者と認定する。自然人が実質的な貢献をしていないものは、保護の客体から除かれた。

第17条から第19条は証拠の審査とAI利用の申告を定める

第18条は、当事者がAI生成コンテンツを侵害の証拠として提出したときの審査方法を示す。プロンプトの設計と生成結果への影響・権利主張作品との類似度・反復テストの一貫性などから認定するという内容だ。

第19条は、生成合成コンテンツの標識の削除や改竄・敵対的干渉といった手段で虚偽の証拠を取得し、虚偽訴訟を行った当事者を対象にした。裁判所は請求を棄却し、情状に応じて過料や拘留に処する。訴訟文書がAIで生成されたものであるときは、提出時にその旨の説明も求められた。

このほか第16条はデータの権益と敵対的サンプル攻撃、第20条はAIを使った詐欺などの刑事責任を扱う。第22条は上級の裁判所が審級を引き上げて自ら審理する制度(提級管轄)と、人民法院案例庫(判例データベース)の活用を定めた。

公式Q&Aが規定を置かなかったと明示した2つの論点

質疑応答が、起草の過程で規定を見送ったと明示した問題は2つある。「AI生成コンテンツの著作物性」と「他人の著作物を許諾なく大規模モデルの訓練に用いる行為の性質決定」の2つである。

説明された理由は「意見の相違が大きく、認識のさらなる深化を要した」ことだ。そのため「意見」は、この2つの問題について当面規定を置かない。

解説部分にも同じ方針が書かれた。「現時点でコンセンサスを形成しがたい問題については留白処理を行い、さらに経験を積み条件が整った段階で適切な方式により明確化する」という、あえて規定を置かない(留白)扱いになる。

公式Q&Aが挙げた2点は、24条の中で答えが示されないまま残った。第12条が扱うのは生成物が既存の著作物を侵害した場面であり、訓練に用いる行為そのものの適法性ではない。

24条を取り巻く中国国内の状況と既存制度

新華社と中国政府網によれば、中国情報通信研究院の推計で2025年の中国のAI産業の規模は1.2兆元(約1,770億米ドル)を超え、前年比40%増だった。2026年6月時点のAI企業は6,600社を超え、世界全体の15%を占めるという。

新華社は、2024年4月に北京インターネット法院が中国初のAI音声侵害事件で判断を示したことにも触れている。同意を得ずにAIで識別可能な声を再現する行為は、権利侵害に当たりうるとした判決だ。

AI生成物の表示については、2025年9月1日に《人工智能生成合成内容标识办法》が施行済みだ。第19条は「生成合成コンテンツの標識」の削除・改竄を用いた虚偽証拠に触れる。ただし、確認した「意見」の公表全文では、同弁法の名称や両者の関係を示す記述を確認できない。

最高人民法院は本文書を、世界のAIの発展に貢献する「中国の司法の智慧」とも位置づけた。専門のAI法が未制定の中、8つの法律の適用の仕方を束ねた24条が置かれた。確認した公表全文では施行日を特定する記載がなく、公式Q&Aが明示した2つの論点も留白のままだ。

※出典:最高法发布《关于依法审理涉人工智能纠纷案件的意见》(最高人民法院) / 最高法相关部门负责人就《关于依法审理涉人工智能纠纷案件的意见》答记者问(最高人民法院) / 《最高人民法院关于依法审理涉人工智能纠纷案件的意见》新闻发布会(最高人民法院) / 最高人民法院发布关于修改司法解释工作的规定(洛陽市老城区人民法院) / China Focus: China’s top court sets rules for AI deepfakes and other disputes(新華社) / China’s AI industry tops 1.2 trln yuan in 2025, up 40 pct(中国政府網) / 四部门联合发布《人工智能生成合成内容标识办法》(国家インターネット情報弁公室)

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