Anthropic、Claudeが酵素システム「ART」を発見したと公表――同じ手順の再実行10回では見逃し

Anthropic、Claudeが酵素システム「ART」を発見したと公表――同じ手順の再実行10回では見逃し

※本記事は2026/09/24時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。

Anthropicが現地時間9月23日、AIエージェントが新規の酵素システムを見つけたとする発表と、40ページのプレプリントを公開した。日本時間では9月24日に当たる。

見つかったのはARTと呼ばれる系で、逆転写酵素(RT)と等間隔のDNA反復配列が並ぶ構成を持つ。ただしAnthropicは、この系が何をしているのかは分かっていないと自ら明記している。

同時に公開された文書には、探索に投入したエージェントのセッション数・トークン数・サンドボックスの構成が並ぶ。さらに、同じ手順を10回繰り返した検証では、決め手になった反復配列が毎回見逃されたとも書かれている。

本記事では、発表ページとプレプリントの記述を突き合わせ、何がどこまで示され、どこが未解明のまま残っているのかを整理した。

Claudeが見つけた「ART」とは何か

発表の中心にあるのは、ARTと呼ばれる系の記述である。見つかったものと、まだ分かっていないものの境目がはっきり書き分けられた。

Anthropicは生命科学の研究グループと自社ラボを新設した

今回の発表は、発見の報告であると同時に体制の公表でもある。Anthropicは、生命科学の研究グループとベイエリアの自社ラボを新設したと説明している。

ラボが扱うのはBSL-1とBSL-2の水準までで、ヒトに感染する病原体は扱わない。ラボでの実験作業は、全て人間の科学者が担う。

プレプリントの著者は6名で、所属はいずれもAnthropicの1つだけだ。発表ページは、チームがAnthropicに加わる前からCRISPRの進化や、次世代の細胞・遺伝子治療に使う酵素を扱ってきたと書いている。

ARTは逆転写酵素・パートナー遺伝子・反復配列の3要素からなる

ART(array-associated reverse transcriptases)は、逆転写酵素と、その直下流にある専用のパートナー遺伝子、そして上流に等間隔で並ぶDNA反復配列の3つで定義される。主にバクテリオファージ(細菌に感染するウイルス)で見つかった。

論文が同定した95のRTクラスタ(90%の同一性でまとめたもの)のうち、上流に検出できるアレイを持つのは28だ。アレイの長さは0.3~4.1 kb、反復は3~21コピー、反復の長さは15~49 nt、スペーサーは120~220 ntである。

CRISPRのスペーサーが約30 ntで、近縁の菌株の間で獲得・喪失されるのに対し、ARTのスペーサーは近縁のファージ間で順序が保たれる。どのART座位の近くにもcas遺伝子は現れないと論文は書いており、アレイについてはCRISPRのアレイを思わせるという表現を使った。

土台となるRT自体は、ジャンボファージで既に知られていた。反復配列と機能未知の付随タンパク質といった定義的な特徴に気付いたのはClaudeが初めてとみられる、とAnthropicは説明している。

実験で示されたのは短いRNAとして発現するところまで

ラボでの検証は、他チームが公開したRNA-seqデータの再解析から始まった。ブドウ球菌に感染するファージSA1のデータでは、アレイ由来のRNAが感染15分後にファージRNAの最大8%を占めていた。

続いて大腸菌にART系をプラスミドで導入したところ、感染時と同じように、アレイから離散した短いRNAが生じた。ARTの機能に関して示されたのは、アレイ由来の短いRNAが生じることまでだ。

プレプリントのDiscussionは「RTが活性を持つことも、単位RNAがその基質であることも示していない。RTとパートナーが相互作用するのか、この系がファージにとって何をしているのかは、現時点では不明である」と書く(原文は英語、編集部訳)。

949のエージェントセッションと21.5時間の探索

探索の規模は、プレプリントに実測値で載っている。タスク数・セッション数・トークン数に加え、計算機の構成まで開示された。

19億4,000万のクラスタから19本のレポートに絞り込んだ

探索は、公開されたタンパク質配列の走査から始まる。19億4,000万の予測タンパク質クラスタからRTを集めて198,290クラスタとし、9つのクラスに分類した。

そこから約11,000のRT座位を調べ、3,564のパートナー候補ファミリーを採点。最終的に人間が読めるレポートは、19本まで絞られた。

手順自体も定められていた。文献を読み、公開データで既知の結果を再現して手法を検証し、記述のない系を探す。候補ごとに根拠を付けた短いレポートを作り、Claude自身が批判的に評価する段階でほとんどが落ちた。生き残ったものを人間がラボで確かめている。

同時に動いたセッションは最大58

キャンペーンは119のタスクで構成され、エージェントのセッションは延べ949に上った。内訳はlaunch 1・worker 414・supervisor 375・curator 107・editor 52である。

949は延べのセッション数であり、950体のエージェントが同時に並んだわけではない。サンドボックスは60 CPUコア・192 GiBメモリ・GPUなしで、同時に動いたセッションは最大58だった。

実時間は21.5時間、エージェント時間の合計は76.9時間、トークン総計は2億1,560万。論文の表に示された丸め値では、キャッシュ書き込みが1億8,950万を占め、非キャッシュ入力が1,130万・出力が1,490万で、キャッシュ読み出しは集計から除かれている。

セッションのログには、7,578のシェルコマンド・696のデータベース照会・131の文献検索・61のWebリクエストが残った。約140本のスキル(手順書)が用意されたが、ワーカーが参照したのは15回にとどまる。

19本のレポートは342試合の総当たりで順位付けされた

絞り込みの最後は、レポート同士を戦わせる方式だった。19本を342試合の総当たりトーナメントにかけ、判定はClaude Mythos 5が担った。

配点はimpactが0.35・noveltyが0.30・soundnessが0.25・actionabilityが0.10で、soundnessが2以下のレポートは自動的に負けとなる。ARTのレポートは36試合中32勝で、順位は3位だった。

Anthropicによれば、仮説そのものも研究の対象になっている。試す価値のある提案と見送る提案を分ける基準を調べ、そこで得た学びをClaudeへの指示に戻す運用だ。

発表ページの概数と、プレプリントの実測値

同じ研究を扱いながら、2つの文書の記述は細部で食い違う。本記事では、数字の粒度と人間が関与した範囲を確認する。

発表ページの数字はプレプリントの実測値と細かく違う

発表ページに並ぶ数字はいずれも概数で、プレプリントの実測値とは細かく異なる。発表ページが誤っているという話ではなく、概数と実測値の関係にあたる。

項目発表ページプレプリント
エージェント約950949セッション
時間21時間実時間21.5時間/76.9エージェント時間
トークン2億1,000万2億1,560万(うち1億8,950万はキャッシュ書き込み)
逆転写酵素20万超のRT198,290のRTクラスタ
候補系3,5003,564ファミリー(10,983座位から)
絞り込み最も有望な20件19レポート

絞り込みの段階では、発表ページが「最も有望な20件」、プレプリントが「19レポート」と記しており、件数は一致しない。逆転写酵素の行は、発表ページがRTそのものの数え方、プレプリントがそれをまとめたクラスタの数え方で、単位が違う。

自律だったのはキャンペーンの21.5時間に限られる

人間がどこで関与したかについても、2つの文書は書いている範囲が違う。発表ページは、人間の関与が最初のプロンプトとラボでの作業に限られたと書く。

一方、プレプリントのMethodsには「キャンペーン後に実施した解析は全て、著者が解析を指示しClaudeがコードを書いて実行する対話型のClaude Scienceセッションで行った」とある(原文は英語、編集部訳)。ファミリーの定義・系統解析・発現解析は、この対話型のセッションで進められた。

つまり人間の介入なしと書かれているのは、21.5時間のキャンペーンの部分だ。その前後には、著者が解析を指示する工程が置かれている。

道具の側の条件も公開された。Claude Scienceは製品ページで公開ベータのアプリと位置づけられ、Pro・Max・Team・Enterpriseの各プランで提供されている。

同じPDFを「プレプリント」とも「技術報告書」とも呼んでいる

Anthropicはこの40ページの文書を、自社のCDNでPDFとして公開した。発表ページは同じPDFを、一度は「プレプリント」、もう一度は「技術報告書」と呼んでいる。

査読を経る前に企業が自社の成果を出す形式は、9月に入ってから続いている。今回のプレプリントも参考文献の欄で、9月8日のOpenAIによるNavier–Stokesの発表について、査読を受けていない企業報告だと註記していた。

同じ手順を10回再実行しても反復配列は見逃された

今回の文書で踏み込んだ開示のひとつが、再現性の検証だった。同じ手順を繰り返したときに何が起きたのかが、そのまま書かれている。

再実行ではRTの上流のDNAが読まれなかった

プレプリントは、ハーネスの再現性を自分で検証している。同じキャンペーンを、さらに10回実行した結果が書かれている。

RTを網羅的に洗い出す段階まで到達したほぼ全ての実行でART座位はサンプリングされ、2回の実行ではワーカーがその系統を追跡までした。それでも「どの実行もRTの上流のDNAを読まず、アレイは毎回見逃された」(原文は英語、編集部訳)。

論文は原因を、RTのタンパク質探索空間が広いことと、ハーネスの非決定的な振る舞いに帰した。発見を否定する記述ではなく、論文が自ら開示した限界である。

ハーネスの構成とモデルの能力で結果が変わる

著者らは、条件を固定したベンチマークも回している。5段階の入力レベルと7モデルの組み合わせで、モデルとレベルごとに100試行を実施した。

DNA配列を文脈に直接入れた場合、上位4モデルは90%以上でアレイの存在に気付いた。一方、ツール経由で同じ情報に到達させる条件では、Opus 5・レベル4の正答率が32%まで下がった。

プレプリントは「エージェントのハーネスの構成とモデルの能力が、研究の成果と発見の成否を大きく左右しうる」と書く(原文は英語、編集部訳)。同じ問いを同じデータに投げても、足回りが変われば結果は変わる。

AIによる発見の確かめ方が問われた9月

AIが科学的な発見をしたという主張は、9月に入って相次いだ。今回の発表も、その並びの中に置くと出し方の違いが見えてくる。

数学で起きた集団的な異議と、今回届いた評価

9月8日にはOpenAIがNavier–Stokes問題をめぐる成果を発表し、経緯について異論が出た。9月11日には、フィールズ賞受賞者25名がAI企業と数学界の目標は深刻に不整合だとする共同声明を公表している。

今回の発表について、発表ページにはMITとBroad InstituteのFeng Zhangのコメントが第三者の評価として載った。CRISPRゲノム編集の先駆者の一人にあたる。

プレプリントを読んだ上で「AIエージェントが生物学的発見に貢献しうることを示す、刺激的な例だ」「逆転写酵素に付随するRNA反復アレイの同定は実に興味深く、さらなる検討に値する」と述べた(原文は英語、編集部訳)。

プレプリントの謝辞にも、初期稿をレビューした4名の1人としてZhangの名前が挙がっている。数学の側で起きた集団的な異議とは、反応の形が違う。

似た構成が別ルートでも報告された

似た構成の報告は、同じ日にもう1本出ている。スタンフォード大学のLiらが9月23日にbioRxivへ投稿したプレプリントは、非コード領域を掘るために作られたゲノム言語モデルを使い、ARTとは無関係のUG27 RTの隣にncRNAのアレイがあると報告した。

Anthropicのプレプリント自身もDiscussionでこの研究を引用し、こうした構造が自然界で複数回生じたことを示唆すると書いている。似た構成が、AIエージェントによる探索とは別のルートでも見つかった格好だ。

Amodei自身が機能・有用性・重要度に留保を付けた

AnthropicのDario Amodei CEOは自身のXで、「その精確な機能・バイオ技術上の有用性(もしあれば)・重要度の水準は、まだ明らかではない」と書いた(原文は英語、編集部訳)。作業の分担についても、広い研究領域を示したのは生命科学チームで、Claudeが提案した実験はチームが実施したと説明している。

今回の発表で外部が読めるようになったのは、発見の中身だけではない。何セッションを何時間動かし、どこで人間が指示を出し、同じ手順を繰り返したときに何が起きなかったのか。その記録までが、40ページの文書に併記されている。ARTが何をしている系なのかは、これから実験で確かめる段階にある。

※出典:Claude discovers a novel enzyme system with CRISPR-like repeats(Anthropic) / Autonomous AI agents discover reverse transcriptases with tandem repeat arrays(PDF・Anthropic) / Coevolutionary mining of prokaryotic non-coding elements with a genome language model(bioRxiv) / On the Navier–Stokes Millennium Prize Problem(OpenAI) / A Severe Misalignment of AI in Mathematics(Terence Tao) / Claude Science(Anthropic) / Dario Amodei氏の投稿(X)

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