海外製AIは突然使えなくなる――安保3文書改定の有識者会議で問われた「デジタル主権」

海外製AIは突然使えなくなる――安保3文書改定の有識者会議で問われた「デジタル主権」

※本記事は2026/08/22時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。

政府は8月21日、国家安全保障戦略を含む安保関連3文書の改定に向けた「総合的な国力から安全保障を考える有識者会議」の第3回会合の議事要旨を公開した。会合は8月4日に首相官邸で開かれ、経済安全保障を主題に議論が交わされた。

議事要旨によると、海外製AIには提供停止や他国によるデータ吸い上げのリスクがあるとの意見が委員から出た。国際競争力で劣っていても国内のAI開発力は維持すべきだとの指摘や、海外AIの提供企業から日本政府として継続性の保証を確保すべきだとの提起も記録されている。

米国政府の判断でAnthropic製AIへのアクセスが一時停止された事例への言及もあり、AIの調達・運用を産業振興だけでなく経済安全保障の課題として扱う議論が示された形だ。

経済安全保障を主題に第3回会合、議事要旨を公開

有識者会議は安保3文書の改定に向けて4月に始まり、今回で3回目となった。第3回は経済安全保障が主題で、AI・データが独立した論点として扱われた。

安保3文書の改定に向けた有識者会議の位置づけ

安保関連3文書は、外交・防衛政策の基本方針を定めた国家安全保障戦略と、国家防衛戦略・防衛力整備計画の3つを指す。政府は2022年に策定した現行文書の見直しを進めており、高市早苗首相は2月の施政方針演説で「本年中に三文書を前倒しで改定します」と表明した。

有識者会議は改定に向けた検討の場として設けられ、第1回を4月27日、第2回を6月8日に開催。第3回会合には佐々江賢一郎座長をはじめ12人の有識者が出席し、政府側は露木内閣官房副長官・市川国家安全保障局長・尾上内閣総理大臣補佐官らが参加した。

AIの扱いは今回が初めてではない。第2回会合の議事要旨には、AI・無人機・宇宙関連技術のようなデュアルユース(軍民両用)技術の重要性が高まる中で、先端技術を持つスタートアップの活用・育成が必要だとの意見が記録されている。

第3回の主題は「経済安全保障」の今後の方向性

8月4日の第3回会合では、市川国家安全保障局長が「国家安全保障における「経済安全保障」の今後の方向性」を説明し、各有識者が意見を述べた。議事要旨は意見を、総論・レジリエンス・経済合理性とのバランス・サプライチェーン・AIとデータ・科学技術・国民理解の7分野に整理している。

総論では、第1回会合で示された「揺さぶられても崩れない国家」という目標を軸に、中国を念頭に置いた経済的威圧への対処が語られた。EUの反威圧措置(ACI)を参考にした制度整備や、同志国と共同で対抗力を高める「集団的経済安全保障」の概念を求める声も出ている。

海外製AIのリスクは「提供停止」と「データ吸い上げ」

議事要旨の「AI・データ」の項では、海外製AIへの依存が抱える2種類のリスクが具体的に語られた。提供が止まるリスクと、データが他国に渡るリスクだ。

ブラックボックス化と恣意的制御への懸念

委員からは、日本のデジタル主権の確立こそが国家安全保障の根幹だとして、AI・データ・クラウドの依存構造の見直しを求める意見が展開された。中国にチョークポイント(供給の急所)を握られることは国家リスクである一方、過度な米国依存も戦略的自律性を損なうとの認識だ。

委員は、海外製AIにはブラックボックス化や恣意的制御のリスクがあり、安全保障システムへ深く組み込むと特定国のバイアス影響やサービス継続性の喪失につながり得ると指摘した。

その上で「単一モデルへの依存を避け、常に選択肢を保持することが不可欠」だとして、防衛・重要インフラといった機密性の高い領域では、信頼性と主権の確保を優先すべきだとの考えを示した。

米政府判断による提供一時停止の事例に言及

同盟国のAIなら安全に使えるという前提も、議事要旨は採っていない。委員は「アンソロピック社製フロンティアAIの海外提供が米国政府の判断で一時停止されたように、同盟国・同志国のAI・クラウドサービスであっても容易に停止されるリスクが存在」すると述べた。

この発言が指すとみられるのは、6月のAnthropicをめぐる措置だ。同社の公式発表によると、米政府は6月12日、「Fable 5」「Mythos 5」への外国籍者のアクセス停止を求める輸出管理指令を出し、同社は全利用者への提供を一時停止した。

輸出管理は6月30日に解除され、Fable 5は7月1日に世界向けの提供を再開。Mythos 5は米国内の一部組織で復旧している。

その上で委員は、最新モデルの提供を含む継続性の保証や、安全性担保を目的とした透明性の説明を求めた。提供企業が本国政府に約束しているのと同等のコミット(確約)を、日本政府として確保することが「必須の前提条件」だという。

データの物理所在・準拠法・運用者を日本の法域内に

海外AIモデルの活用や海外クラウドへの委託については、他国によるデータ吸い上げのリスクが指摘された。対策としては、データの物理所在・準拠法・運用者の3点を日本の法域内に置くことが重要だとしている。

データと組み合わせる知識の側にも論点は及んだ。モデルとデータを単に組み合わせるだけでなく、知的基盤(オントロジー)の整理が重要だとし、機密性の高い領域では国家プロジェクトとして知識基盤を構築すべきだとの立場だ。

関連して、米国のCLOUD Act(クラウド法)を挙げ、データの所在地よりも事業者がどの国の法律に服するかという「運用主権」を重視する意見も出た。有事に現実味を持つリスクは情報漏洩よりも、制裁や国際情勢を理由にサービスが停止し、契約が更新されない事態だとした。

「劣後していても国内の開発力は維持すべき」

リスクの指摘は、国内のAI開発力を維持すべきだという方向の議論につながった。競争力の現状より、供給が止められる可能性を重く見る立場だ。

供給停止の可能性を前提とした開発力の維持論

AI技術スタック、すなわちAIを支える技術の階層全体への投資は、必要不可欠だとの意見も記録された。AIの技術変化は速く今後の動向の予測が難しい上、「最先端AIの供給を止められる可能性が常にある」ためだ。

その上で委員は、たとえ現時点で国際競争力の面で劣後しているとしても、国内の開発力は維持すべきだと主張した。各レイヤー(階層)では、国際的に不可欠で日本にしか供給できない技術要素を強化すべきだとも述べている。需要の拡大に供給能力が追いつかなくなることのないよう、各企業の設備投資を支援する必要があるとの意見も添えられた。

米中以外で「AIスタック主権」を持ちうる国との見方

議事要旨には「日本は米中以外でAIスタック全体にわたるデジタル主権を持ちうる数少ない国の一つ」との意見も記録された。この領域では同志国・同盟国との協力による自律性の確保が当てはまらず、同志国からも供給が止められる可能性を考慮する必要があるという。

その上で、日本が独自に不可欠性、つまり他国が代替できない地位を確保する道を追求すべきだとした。デジタル主権の確立は、グローバルサウスの国々のデジタル主権を支援することを通じ、日本の戦略的不可欠性の強化にもつながり得るとの見方も示されている。

防衛需要を起点にした市場形成とアンカーテナシー

国産AIを支える具体策としては、政府が自ら顧客となって初期需要を生み出す「アンカーテナシー」の活用が挙がった。国産AIを優先する仕組みを設け、性能向上を支える研究開発を国家プロジェクトとして推進すべきだとの主張だ。

投資面では、日本は将来需要を先取りした投資に慎重で、国際水準と同規模の開発投資が難しいとの分析も出た。防衛分野は需要を見通しやすいため、調達計画から逆算して継続的な市場を形成し、民生分野の競争力へつなげる計画を求めている。

一方で、防衛省・自衛隊がデータの扱いに慣れておらず、アンカーテナシーの担い手になる環境が整っていないとの課題も示された。防衛省・自衛隊のデータをAIで活用できる仕組みを早急に構築すべきだとの声もある。

重要経済安保情報保護活用法をめぐっては、民間活用が十分に進んでいないとの問題意識も出た。内閣府の国会報告によると、2025年中の情報指定は20件ある一方、民間の適合事業者の認定は0件だった。

電力・送電網まで広がる「デジタル主権」の論点

「デジタル主権」の議論は、モデルやクラウドの選択にとどまらなかった。データセンターを支える電力・送電網までが、安全保障政策の対象として語られている。

ボトルネックは発電能力ではなく送電網の整備

国内データセンターのボトルネックは発電能力の不足ではなく送電設備の整備の遅れだとして、「送電網の整備計画はいまや実質的にデジタル政策であり安全保障政策である」との指摘が出た。送電の制約は、国産クラウドやAI基盤の立地を左右する条件となっている。

有識者の遠藤典子氏(早稲田大学研究院教授)が提出した机上配布資料では、千葉県印西市で新設施設が受電まで最大10年待ちという報道事例が紹介された。国産クラウドを中東産の液化天然ガス火力で動かすのであれば、主権として完結していないとの問題提起も含まれている。

「主権」と「生き残りやすさ」のトレードオフ

データを国内に集めれば安全になるとは限らない、との視点も示された。国内の一か所に集約した巨大施設はむしろ有事に格好の攻撃目標となり得るため、「主権」と「生き残りやすさ」はトレードオフし得るという前提を、政策設計に盛り込む必要があるとした。

政策目標については、「保有主体の国籍」ではなく「代替可能性と切替所要時間」という可用性に置き、クラウド・AI・電力・燃料調達に一貫して当てはめることが重要だとの意見が出た。国産比率の目標は掲げやすいが、国内事業者が一社しかなければ外資依存が国産一社依存に置き換わるだけ、との記述もある。

「AI主権」は安保3文書にどこまで入るか

第3回会合の議事要旨は、AIを経済安全保障の論点として扱った。焦点は、改定される3文書に「AI主権」の考え方がどこまで書き込まれるかに移る。

AIを安全保障上の議題として扱う有識者会議

今回の議事要旨の特徴は、AIを研究開発支援や産業振興の対象としてだけでなく、供給停止・機密情報・同盟関係が絡む経済安全保障の対象として扱った点にある。海外製AIの利用は、便利さやコストの問題にとどまらず、国家の選択肢を左右する論点として位置付けられた。

外交方針の面でも、高市首相は5月2日、「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」を進化させる方針を訪問先のベトナムで発表した。第1の重点分野は「エネルギー・重要物資のサプライチェーン強靱化を含むAI・データ時代の経済エコシステムの構築」で、AIとデータをめぐる基盤整備は経済安全保障と外交の双方で主要議題となった。

次回会合は9月中旬、年内の改定議論が続く

閉会に際し、佐々江座長は次回会合を9月中旬に開催する予定だと述べた。具体的な日程は後日、事務局から連絡するとしている。

総論では、2022年の安保文書が示す国力の5要素に、AIを含む各分野へ横断的に関わる「人材力」を第6の要素として追加すべきだとの提言も出た。人口・人材の確保を安全保障の根幹に据える立場で、文書の構成そのものに関わる論点も残っている。

安保3文書は外交・防衛政策の基本文書であり、経済安全保障の記述が厚くなれば、AIの調達・開発・運用に関する政府方針にも影響が及ぶ。有識者会議で示された「AI主権」をめぐる意見が、改定文書にどこまで反映されるかが今後の注目点だ。

※出典:総合的な国力から安全保障を考える有識者会議(第3回)議事要旨(内閣官房) / 総合的な国力から安全保障を考える有識者会議(第2回)議事要旨(内閣官房) / 総合的な国力から安全保障を考える有識者会議(内閣官房) / 国家安全保障戦略について(内閣官房) / 第221回国会における高市内閣総理大臣施政方針演説(首相官邸) / 高市総理大臣のベトナム訪問(首相官邸) / Statement on the US government directive to suspend access to Fable 5 and Mythos 5(Anthropic) / Redeploying Claude Fable 5(Anthropic) / 「重要経済安保情報の指定及びその解除、適性評価の実施並びに適合事業者の認定の状況に関する報告」の概要(内閣府) / 海外製AI依存にリスク、政府 安保3文書改定、有識者議事要旨(共同通信/dメニューニュース掲載)

Pick Up

スキル習得を加速させる「動画マニュアル」の量産術|質の高いマニュアルの設計方法を解説

L&D(教育)

社員インタビュー動画をショート動画に編集する方法|構成・手順・配信先を解説

HR(採用)

ITツール導入マニュアルの動画化とは?メリットと作り方5ステップを解説

SaaS/IT

動画FAQ導入に~コンテンツ拡張で案件活用向上~企業の導入活用

CS(サポート)