英・アイルランドの古書店に大量注文、AI学習データ調達の疑い

英・アイルランドの古書店に大量注文、AI学習データ調達の疑い

※本記事は2026/08/16時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。

英国とアイルランドの古書店で、テーマも著者もばらばらな書籍をまとめて買う注文が相次いでいると、The Guardianが8月15日に報じた。買い手は不透明な別名を使い、値引きも求めない。AI企業が学習データとして紙の本を集めているとの見方が出ているが、発注主体は特定されていない。

脈絡のない大量注文が古書店に届いている

The Guardianが取材した書店によると、注文は米国・カナダ・欧州大陸・英国の買い手から届いている。同じ現象は米国・オーストラリア・欧州の書店でも報告された。書店側が不審に感じたのは注文の規模ではなく、選ばれている書名の組み合わせだ。

テーマでまとまらない注文が3カ月前から続く

英ノーサンバーランド州アニックのBarter Booksで共同オーナーを務めるStuart Manley氏は、注文が届き始めたのは3カ月前だと語った。古書の注文はスポーツや自動車といったテーマでまとまるのが通常の形だが、今回の注文はその型に当てはまらない。

「間違いなく奇妙な組み合わせだ」とManley氏は述べている。「普通、書籍の注文は一つのテーマに沿っている。しかしこれは、ばらばらだ」

直近の注文には、ジョン・ル・カレ『ミッション・ソング』のエストニア語訳、アン・ブロンテ『アグネス・グレイ』の特定の版元による版、月刊誌『Warship』の1983年10月号が含まれていた。Manley氏は3人の買い手に脈絡のない書籍を「数百冊」販売し、総額は約4,000ポンドに達した。

別名・同一の配送先・値引き交渉なし

匿名を条件に取材に応じた英国の古書店主は、異なる買い手からの注文が同じ住所へ届く場合があると証言した。「これらの注文の背後にある別名は、経験を積んだ古書店主にとってさえ非常に不透明だ」という。

The Guardianが確認した配送先の郵便番号の一つは、ヒースロー空港近くの貨物倉庫群を指していた。この店主は1月以降、同種の買い手から6,000冊の注文を受けており、金額は数千ポンドに上る。買い手は大量の書名を求めながら割引を要求せず、高値を支払っていた。

「これは古書販売のビジネスを混乱させている。この業界では典型的でないからだ」と店主は語った。「人間か機械かが、古書という砂場に手を突っ込んでいるように見える。買われているものは、市場の大きな流れから見て意味をなさない」

アイルランドとバースにも同じ動き

アイルランド・クレアガルウェイのMW Booksを営むJim Shaughnessy氏は、5月から大量かつ多様な注文を受け続けている。「散発的で、おそらく機械が動かしている。テーマとしてのまとまりはほとんどない。18世紀アフリカの農具に関する本から、1950年代のレーシングドライバーの伝記まで並ぶ」

Shaughnessy氏は「顧客が購入した物をどう使うかを、こちらが指図する権利があるとは思わない」とした上で、「何が選ばれているのかを見ると、かなり不可解だ」と続けた。

イングランド南西部の都市バースでBookLovers of Bathを営むDavid Gower-Spence氏のもとには、5~7月に約200冊の注文が集中した。同氏の書店に注文を出した買い手は、The Guardianの取材に応じた他の販売者からも名前が挙がっている。

そのうちの一社が、「北米有数の書籍リサイクル企業」を自称するカナダのZoom Booksだ。注文はBiblioや、Amazon傘下のAbeBooksといった書籍マーケットプレイス経由で入るのが典型である。

欧州各国で同じ形の注文が報告されている

同じ性質の注文は、英国とアイルランドにとどまらない。The Irish Timesは8月10日、ゴールウェーからベルリンに至る欧州各地の独立系書店で、同種の大量注文が起きていると伝えた。

各国の証言に共通するのは、書名の組み合わせに一貫性がないこと、そして価格交渉が行われないという2点だ。

ゴールウェーの5,000冊とベルリンの深夜メール

1940年創業のゴールウェーのKennysには、5月に5,000冊のオンライン注文が入った。同店は自社サイトで、1994年に世界で2番目にウェブサイトを開設した書店だと説明している。経営者のTomás Kenny氏は、この注文を「とんでもない」ものと表現した。

Kenny氏が注目したのは規模より内容だった。「一部は『A History of Connemara』のような質の高いノンフィクションで、次に来るのが『The Eddie Hobbs Guide to your SSIA』といった具合だ」。前者はアイルランド西部の地域史、後者は同国固有の貯蓄制度の解説書に当たる。

同店には海外の大学図書館からの大口注文が以前から入るが、公的資金で運営される機関は通常、大量購入の価格交渉を行う。5月の注文には、その交渉がなかった。

ベルリンでも同規模の注文が相次いでいる。注文は夜間にメールで届き、1件あたり1万~5万ユーロに及ぶ場合も珍しくない。対象には『Pass Your Driving Test, 2018 Edition』のように、いま新たに買う人がいるとは考えにくい書名が並ぶ。

オランダに届いた3,001タイトルの一覧表

Fortuneが7月31日に報じた事例は、依頼の中身をより具体的に示している。オランダ・ハーレムの古書商Pieter de Vries氏のもとに、2077AIという企業の担当者を名乗るNataliaという人物からメールが届いた。

添付されていたスプレッドシートには3,001の書名が並び、書名の照合・見積もりの作成・中国向け送料の試算を求める指示が付いていた。

大半は2020年から2021年に刊行された学術書で、出版元にはEmerald Publishing・Elsevier・Wiley・Routledge・Oxford University Pressが含まれる。分野はビジネス・教育・工学・公共政策・医学にまたがっていた。

de Vries氏は最初の数行を読んだだけで、迷惑メールか詐欺だと判断して処理した。依頼の背景を知ったのは数週間後、調査していたオランダ人記者から連絡を受けたときである。「衝撃を受けた」と同氏はFortuneに語った。

他の複数のオランダの古書商にも同じ依頼が届き、いずれも詐欺として扱われていた。Fortuneは2077AIに書籍の用途とAI学習向けかどうかを問い合わせたが、記事公開前に回答はなかった。

ISBNを手掛かりにした自動発注という見方

ドイツの書店主たちは、発注の工程がAIのボットで自動化されている可能性を疑っている。The Irish Timesは、その根拠として、注文の対象がISBNを持つ書籍に集中している点を挙げた。

ISBNは書籍を特定するための識別番号である。書店主たちは、まだ取得していない書籍を洗い出す手掛かりとして、この番号が使われているのではないかと見ている。

過去にAnthropicが紙の書籍を大量調達していた

現在の大量注文とAnthropicを結び付ける直接の証拠は確認されていない。一方で、AI企業が紙の書籍を大量に購入し、スキャンした後に処分していた事実は、今年に入って裁判資料と報道で明らかになっている。

「Project Panama」で数百万冊規模を調達

The Washington Postは1月27日、Anthropicが「Project Panama」と呼ぶ社内プログラムのもとで数百万冊の物理書籍を購入していたと報じた。同社は背表紙を切り落としてページをスキャンし、原本をリサイクルに回していた。

この工程は「破壊的スキャン(destructive scanning)」と呼ばれる。裁断機で背表紙を切り落とし、ばらばらになったページを高速スキャナーに通す方式だ。

同紙によると、Anthropicが書籍の調達に投じた額は数千万ドルに上る。Project Panamaの詳細は、著者らがAnthropicを相手取って起こした著作権訴訟の開示文書から明らかになった。

学習利用と紙の本のデジタル化は別の理由でフェアユース

2025年6月23日、米カリフォルニア州北部地区連邦地裁のWilliam Alsup判事は、この訴訟(Bartz v. Anthropic)でフェアユースに関する命令を出した。命令は、書籍をLLMの学習に使う行為を「極めて変容的」だとして、フェアユースに当たると判断している。

購入した紙の本を裁断してデジタル化する行為も、フェアユースと判断された。ただし、こちらは学習利用とは別の理由による。購入した紙の複製をデジタルの複製に置き換えるだけで、複製の総数を増やさない点が重視された。

一方、LibGenとPiLiMiという海賊版ライブラリから書籍をダウンロードした行為は、フェアユースと認められなかった。この部分をめぐる集団訴訟は15億ドルの和解に至った。和解合意は2025年9月に署名され、2026年7月20日に連邦地裁が最終承認している。対象は、和解合意が定める作品リストに載った書籍だ。

Anthropicは希少書の購入と破棄を否定

Anthropicは、今回の一連の報道に対して次のように述べている。「Claudeは、公開されているウェブデータ・商業的に取得したデータセット・自社で生成したデータの組み合わせで訓練されている。書籍の調達は、AI業界全体で広く使われている手法だ」

同社はさらに「当社のデータ取得プログラムはいずれも、希少書や古書を購入して破棄することはない」と否定した。カナダのZoom Booksもスイスの公共放送SRFに対し、疑惑を全面的に否定した上で、購入は通常のリサイクル・取引モデルによるものだと説明している。

スキャンの適法性は米国判決とドイツ業界団体で割れる

米国の連邦地裁は、購入した紙の本のデジタル化を、当該訴訟の事実関係のもとでフェアユースと判断した。他方、ドイツの業界団体は、同じ行為が自国の法では認められないとの見解を示している。

ドイツ出版書店協会は著作権侵害に当たるとの見解

ドイツ出版書店協会(Börsenverein des Deutschen Buchhandels)の報道官を務めるThomas Koch氏は、The Irish Timesに同協会の見解を説明した。

「ドイツ法の下では、目的を問わず書籍のスキャンは認められず、著作権法の明白な侵害に当たるだろう」とKoch氏は述べている。「それが今、古書を対象に行われているのは、この慣行のさらに憂慮すべき一例だ」

これは業界団体の見解であり、ドイツの裁判所が示した判断ではない。同じ行為でも、どの国の法に照らすかで評価が変わる状況にある。

欧州の集荷拠点を経由するという書店側の見方

The Irish Timesによると、欧州の書店は大量注文の配送先が変化したと指摘する。大西洋を越えて直接送る形から、欧州域内の住所へ送る形への変化だ。

書店側は欧州内の配送先を集荷拠点と見ており、集められた書籍がコンテナで米国へ運ばれているのではないかと疑う。ただし、これは書店側の見立てである。発注主体も最終的な用途も確認されていない。

発注主体は特定されず、用途をめぐる懸念が残る

一連の注文について、AI企業の関与を示す直接の証拠は確認されていない。確認できているのは、大量かつ脈絡のない注文が複数国で報告されていること、そして書店主たちがAI学習との関連を疑っていることまでだ。一方で、AI向けの紙書籍の調達を事業機会として掲げる動きは報じられている。

ISBNdbはAI向け書籍調達サービスを売り込んでいた

404 Mediaは7月21日、書籍データベースを運営するISBNdbが「世界最良のAI学習データは棚の上にある」という文言を自社サイトに掲載していたと報じた。同社はAI企業向けに、大量の紙書籍を調達するサービスを売り込んでいた。

Fortuneによると、このサービスは1,000冊から100万冊規模の調達を想定していた。ISBNdbはその後、Fortuneに対してサービスは開始されておらず、AI企業向けに書籍を購入・スキャンした事実はないと説明している。

The Guardianに対しては、当該ページは市場の関心を測るテストであり、すでに削除したと説明した。売り込みの中では、2022年より前に刊行された書籍は生成AI由来の文章が混入していない点が利点として挙げられていた。

AI学習が目的という見方への疑問も出ている

書店向けのオンラインフォーラムには、注文された本について「これらが全てAI学習向けなのは残念だ。表紙を剥がされ、最終的にはパルプにされるのだろう」という投稿があった。これは投稿者の推測であり、実際の用途を確認したものではない。

同じフォーラムでは、AI学習が目的かどうかを疑問視する声も出ている。注文には1726年刊行の『ガリバー旅行記』のように、オンラインで無料入手できる作品も含まれていたためだ。

Barter BooksのManley氏は「私の説は、膨大なAIマネーが浪費されているというものだ」と語った。一方、ゴールウェーのKenny氏は「もし本を取り上げてスキャンし、知的財産を取り込もうとしているのなら、Kennysはその一部になりたくない」と説明している。

現時点で、これらの注文がAI企業によるものか、購入後に本がスキャンされ処分されているかは確認されていない。過去のAnthropicの調達事例やISBNdbの売り込みは懸念の背景に当たるが、現在の発注主体を特定する証拠ではない。

※出典:ORDER ON 122 FAIR USE for Bartz et al v. Anthropic PBC(Justia Dockets & Filings) / ORDER GRANTING FINAL APPROVAL OF CLASS ACTION SETTLEMENT for Bartz et al v. Anthropic PBC(Justia Dockets & Filings) / Secondhand booksellers in UK and Ireland suspect AI firms behind ‘strange’ bulk orders(The Guardian) / A ‘bananas’ order for 5,000 obscure titles from a bookshop in Galway fuels suspicion(The Irish Times) / This Dutch bookseller thought a request for 3,000 copies was ‘spam or phishing.’ Instead, AI companies are scanning and destroying books to train AI(Fortune) / AI Companies Are Buying Tons of Old Books Because They’re Free of AI Slop(404 Media) / Inside an AI start-up’s plan to scan and dispose of millions of books(The Washington Post) / Jagd auf alte Bücher - KI-Firmen kaufen Antiquariate leer – und vernichten die Bücher(SRF) / ‘More than just objects’: Australian booksellers raise alarm over ‘horrific’ destruction of rare titles to feed AI(The Guardian) / ‘Dystopian’ - AI firms target London’s rare bookshops in hunt for training data(City A.M.)

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