Google DeepMind安全研究者が軍事契約に抗議し辞職 25ページ提案は評価されなかったと説明

Google DeepMind安全研究者が軍事契約に抗議し辞職 25ページ提案は評価されなかったと説明

※本記事は2026/07/16時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。

Google DeepMindの研究科学者(Research Scientist)だったAlex Turner氏が、2026年6月にGoogleを辞職した。Googleが米国防総省と結んだ機密AI業務の契約に対する抗議が理由である。

同氏は辞職前、軍事AIの利用に拘束力のある制限を設ける25ページの提案書を経営陣に提出。契約締結までに提案書が正式な評価を受けなかったと説明している。さらにTurner氏は7月15日、長文記事「Why I Left Google DeepMind」を公開し、辞職に至るまでの約5カ月間の経緯を記した。Business InsiderのHugh Langley記者も同日、本人への取材に基づく記事を公開している。

契約の内容と「拘束力なき制限」

4月28日に報じられたGoogleと国防総省の契約は、国防総省がGoogleのAIモデルを機密ネットワーク上で「あらゆる合法的な政府目的(any lawful government purpose)」に使用できる内容である。

報道によると、契約には、AIを国内の大量監視や、適切な人間の監督・統制を伴わない自律型兵器に使用することを「意図せず、使用すべきでない」とする文言がある。一方、Googleには政府の合法的な運用判断を管理・拒否する権利がないとも定められた。Googleは政府の要請に応じ、安全設定やフィルターの調整にも協力する。

Turner氏は、こうした「should not(すべきでない)」という文言は、拘束力のある禁止ではないと批判。「Googleには使用を拒否する権限がなく、法的制限のない訓示的な文言に頼っている」と主張している。

さらに、同氏はOpenAIの国防総省契約と比較し、「OpenAIがイチジクの葉を差し出したとすれば、Googleは『イチジクの葉を差し出したと想像してほしい』と言った」と表現。Googleの広報担当者は、国内の大量監視や、適切な人間の監督を伴わない自律型兵器にAIを使うべきではないという官民の合意について、引き続き支持すると説明している。

25ページの監視フレームワークとその顛末

Turner氏の説明によると、同氏は2026年4月1日、DeepMind CEOのDemis Hassabis氏に「Red Line and Oversight Framework for Military AI」と題する25ページの提案書をダイレクトメッセージで送った。

公開された提案書には、標的設定と武力行使への人間の統制、無差別なAIプロファイリングの禁止、最高科学責任者が任命する7人の「国防AI審査委員会」、中立的な第三者監査人による検証などが含まれる。

Turner氏によれば、軍事法・監視法の専門家から「実際にかなり良い(actually pretty good)」との評価を受けた。ただし、専門家の氏名は公開されておらず、この評価は独立確認できない。同氏は、Hassabis氏から上級政策スタッフ2人に評価を依頼するよう指示され、提案書を送付したと説明する。しかし、担当者から最終的な評価は届かず、その後に契約が成立したという。

Business Insiderに対し、Googleの広報担当者は、同社がTurner氏の意見を歓迎していたと回答した。提案書が社内でどこまで検討されたかについては、外部から確認できていない。Turner氏は、3月17日にGoogle Chief ScientistのJeff Dean氏と昼食を共にし、この問題を議論したとも記している。Dean氏は2018年の致死性自律型兵器に関する誓約への立場は変わっていないと述べたという。

この昼食会は私的なやり取りであり、内容はTurner氏の説明に基づく。Dean氏はその後、Anthropicを支持する意見書に署名したが、Googleは国防総省との契約を締結した。

2018年の「致死性自律型兵器の不参加」宣言との緊張

今回の契約が注目を集める背景には、Future of Life Instituteが2018年に公開した致死性自律型兵器に関する誓約がある。同誓約は「致死性自律型兵器の開発・製造・取引・使用に参加も支持もしない」と宣言した。Hassabis氏、Shane Legg氏、Raia Hadsell氏、Jeff Dean氏らに加え、DeepMindも組織として署名している。

Googleは2025年2月4日にAI原則を更新した。2018年版にあった、一定の兵器や国際規範に反する監視へのAI利用を追求しないという明示的な禁止条項は、新しい原則から削除された。

Hassabis氏は2025年4月のTIME誌インタビューで、地政学的な不確実性が増す中、政府と協力する必要があると説明した。同時に「原則について根本的に変わったことはない」と述べ、利益が危害のリスクを大幅に上回るかを慎重に判断するとした。

Turner氏は、この説明を批判している。事前に越えない線を定める原則ではなく、「その場で利益とリスクを比較する判断」に置き換わったとの見方を示した。

社内の反発と組合承認を求める動き

Turner氏の辞職は孤立した動きではない。2026年4月27日までに、600人を超えるGoogle従業員がSundar Pichai CEO宛ての書簡に署名し、機密軍事AI業務への参加を拒むよう求めた。書簡は、機密ネットワークではGoogle側がAIの利用実態を把握しにくいとの懸念を示した。そのうえで、AIが人権侵害と結び付くのを確実に防ぐには、機密業務を拒否する必要があると訴えた。

これとは別に、2月にGoogleのAI業務に携わる多くの従業員が、Geminiを米国民の大量監視や、人間の監督を伴わない自律型兵器に使わせないよう求める書簡に署名。英国DeepMindでは、従業員がCommunication Workers Union(CWU)とUnite the Unionの共同代表を会社に承認するよう求めている。

CWUによると、同組合に所属するDeepMind従業員の98%が、会社に任意承認を求めることに賛成した。これは全従業員による正式な組合結成投票ではなく、正式投票は今後行われる予定である。

組合側は、軍事・監視用途への懸念、独立した倫理監督機関の設置、従業員が道徳上の理由で特定業務を拒否できる権利などを要求している。報道では、2025年のAI原則改定、倫理AIチームのTimnit Gebru氏とMargaret Mitchell氏の退社、2024年のProject Nimbus抗議者28人の解雇も、組合運動の背景として挙げられている。

GoogleのDirector Engineeringも辞任

Turner氏に先立ち、GoogleでパートタイムのDirector Engineeringを務めていたRené Mayrhofer氏も、国防契約などへの懸念を理由に辞任を表明した。

Mayrhofer氏はかつてAndroid Platform Securityの大規模チームを直接率いていたが、2019年秋以降はオーストリアを拠点に、戦略助言を中心とする限定的な役割を担っていた。同氏は2026年8月31日まで引き継ぎのため在籍する一方、国防総省契約の対象になりうるAIシステムの業務からは直ちに離れるとしている。

Anthropicへの圧力と仮差止命令

Turner氏の記事は、国防総省とAnthropicの対立にも言及している。この経緯は、2026年3月26日に連邦地裁が出した仮差止命令でも確認できる。国防総省はAnthropicに対し、致死性自律型兵器と米国民の大量監視に関する例外を外し、「全ての合法的使用」を認めるよう求めた。

裁判所の記録によると、Pete Hegseth国防長官は2月24日、Anthropicが2月27日までに応じなければ、同社をサプライチェーンリスクに指定すると伝えた。国防生産法の発動にも言及。Anthropicは2025年7月、国防総省から2年間・最大2億ドルの契約を獲得していた。同社は要求を拒否した後、サプライチェーンリスク指定などをめぐり政府を提訴した。

連邦地裁のRita Lin判事は3月26日の仮差止命令で、Anthropicが修正第1条上の報復をめぐる主張に成功する可能性が高いと判断した。命令は、Anthropicが契約上の立場を公にしたことへの処罰は「典型的な違法の修正第1条に基づく報復」だと述べ、サプライチェーンリスク指定などの執行を差し止めた。これは最終判決ではなく、政府は控訴している。

また同命令は、国防総省がClaudeの利用を中止し、別の提供者へ移行すること自体は妨げないと明記した。争点は、契約相手を変更する権限を超えた広範な制裁措置の適法性にある。

Turner氏は、Anthropicへの圧力を見たことが、Googleに拘束力のある制限を設けさせようとした動機の一つだったと説明。Googleが制限を採用すれば、業界全体の交渉基準を引き上げられると考えたという。

2018年のProject Mavenとの相違

GoogleとAI軍事契約をめぐる社内反発は2018年にも発生した。当時、約4,000人のGoogle従業員が、国防総省のドローン映像分析プログラム「Project Maven」への参加に抗議した。

Googleは同契約を更新せず、その後にAI原則を策定した。今回の状況についてFortune誌は、従業員の抗議が経営判断へ及ぼす影響力は2018年当時より弱まったと分析している。Turner氏は自身の経験を振り返り、「数カ月にわたって強力な倫理学者や制度が沈黙を選ぶのを見守った」と記した。これは同氏による関係者への評価である。

AI安全と軍事利用をめぐるガバナンス

本件が浮かび上がらせるのは、AI安全を担う研究者の懸念を、軍事契約の意思決定へどう反映するかというガバナンス上の問題である。Turner氏は、標的設定と武力行使への人間の統制、無差別なプロファイリングの禁止、第三者監査を契約上の基準にするよう提案した。

一方、国防総省はAI技術への迅速なアクセスを政策目標に掲げている。1月9日付のAI戦略メモは、AIサービスを調達する国防総省の契約に「あらゆる合法的使用」の標準条項を180日以内に組み込むよう、担当部局に指示した。

このメモは、既存の全AI契約者に7月8日までの受諾を直接命じたものではない。ただし、今後の国防契約で同条項を標準化する明確な方針を示している。チューリング賞受賞者のGeoffrey Hinton氏は2025年のCBSインタビューで、Googleが軍事AIに関する立場を転換したことに「非常に失望した」と述べた。

もう一人のチューリング賞受賞者Yoshua Bengio氏について、Turner氏は、Anthropicを支持する声明を出すよう本人に求めたが、事務所から辞退の連絡を受けたと説明している。このやり取りは独立確認されていない。

軍事契約をめぐって安全研究者や技術幹部の離職が続けば、開発現場で懸念を提起する内部の声が弱まる可能性がある。ただし、AI業界全体の採用・定着への影響を示す定量的なデータは、現時点では確認できない状況である。

※出典:Why I Left Google DeepMind(Alex Turner) / A Red Line and Oversight Framework for Government AI Contracts(Alex Turner) / DeepMind研究員因AI軍事合約辭職(Business Insider Taiwan) / Google signs classified AI deal with Pentagon(Reuters) / Google employees ask CEO to bar classified military AI work(The Washington Post) / Google AI Workers to Enter Union Recognition Talks(CWU) / Why I’m Forced to Say Farewell(René Mayrhofer) / Anthropic v. U.S. Department of War 仮差止命令(CourtListener) / Artificial Intelligence Strategy for the Department of War(国防総省) / Responsible AI: Our 2024 report and ongoing work(Google) / Lethal Autonomous Weapons Pledge(Future of Life Institute) / Demis Hassabis interview(TIME) / Geoffrey Hinton interview(CBS News)

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