AppleがOpenAIを提訴、営業秘密の組織的窃取を主張~AIハードウェア覇権争いが法廷へ
※本記事は2026/07/12時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。
Appleは2026年7月10日(米国時間)、OpenAIおよび旧io Products(Jony Ive共同創業のデザイン企業)を相手取り、営業秘密の不正取得を主張する訴訟をカリフォルニア北部地区連邦地方裁判所に提起した。TechCrunch・Fortune・CNBCなど複数メディアが同日付で報じている。
41ページに及ぶ訴状でAppleは、OpenAIが「テクニカルスタッフからChief Hardware Officerに至るあらゆる階層で、ビジネスパートナーと連携しながらAppleの営業秘密と機密情報を窃取してきた」と主張した。ChatGPTのiPhone統合で蜜月関係にあった両社が法廷で全面対決する構図であり、生成AI競争の主戦場がモデル性能からハードウェア領域へ移りつつある現状を映し出している。
訴訟の概要と組織的な不正の構図
訴状が示す「あらゆる階層」での関与
Appleの訴状は営業秘密の不正取得(trade secret misappropriation)と契約違反(breach of contract)の2点を柱とする。偶発的な情報流出や単発の内部告発ではなく、OpenAI側の上層部が主導する組織的な関与を主張している点が特徴的である。
Appleが窃取されたと訴える情報は多岐にわたる。技術仕様書・エンジニアリングプレゼン資料・未発表の技術や機能に関する文書・部品やベンダーの選定プロセス・独自の金属仕上げ技術などが列挙されており、いずれもAppleのハードウェア設計における中核的な競争優位に直結する領域である。
元Apple副社長Tang Tanの役割
訴訟の中心人物として名前が挙がっているのが、OpenAIのChief Hardware OfficerであるTang Tanである。Tang TanはAppleでiPhoneとApple Watchのプロダクトデザインを統括する副社長を務め、在籍期間は約24年に及んだ。2024年にAppleを退社し、Jony Iveが共同創業したio Productsに合流した人物だ。
Appleの訴状によると、Tang TanはOpenAIの採用プロセスにおいてApple社内の機密プロジェクトコードネームを使用していた。面接に訪れた候補者にはAppleのハードウェア部品を持参するよう指示し、「show and tell」セッションと呼ばれる場で情報を引き出していたとされる。
さらに、退職予定のApple従業員に対して同社のセキュリティ手続きを回避する方法を指導し、未発表製品の詳細を聞き出していたとも主張されている。Tang Tanの行為が事実であれば、採用活動を情報収集の手段として利用していた構図が浮かび上がることになる。
具体的な営業秘密の持ち出し手法
Chang Liuのケース~未返却のMacBookとネットワークアクセス
訴訟ではもう1人の中心人物として、元Apple上級システム電気エンジニアのChang Liuが取り上げられている。Liuは約8年間Appleに在籍し、2026年にOpenAIのハードウェア部門へ転職した。
Fortune等の報道によると、Liuは退職時にApple支給のMacBookを返却しなかった。そのPCを使い、技術仕様書やエンジニアリングプレゼン資料を含む数十件の機密ファイルをダウンロードしたとAppleは主張している。
さらに注目されるのは、Liuが退職後もApple社内のネットワークストレージにアクセスできる状態にあった点である。Fortuneが報じた訴状の記述によると、Liuは元同僚に対して「LOL、[ネットワークストレージ]にまだアクセスできることに気づいた。ウケる」とメッセージを送り、そのアクセスを利用してプレゼン資料・ハードウェア設計・製造工程の詳細・テスト手順などをダウンロードした。
Appleは加えて、LiuがApple在職中の同僚に対してセキュリティチームを迂回してファイルをコピーする方法を指示していたとも訴えている。
2026年6月にはスマートグラス責任者も流出
訴訟が指摘する人材流出は上記2名にとどまらない。報道によれば、2026年6月にはAppleのスマートグラス事業責任者がOpenAIに移籍しており、Appleは組織的な引き抜きパターンの一環と位置づけている。
Appleは2026年2月の時点でOpenAIに懸念を伝える書簡を送付したが、回答は得られなかった。約5か月の沈黙を経ての提訴であり、内部交渉では解決に至らなかったことがうかがえる。
Apple-OpenAI関係の急変
ChatGPTのiPhone統合から対立へ
両社の提携関係は2024年にさかのぼる。Appleは同年、ChatGPTをiPhoneのオペレーティングシステムに統合し、Siriとの連携を実現した。AIの実用的な普及を加速させる象徴的な出来事として、業界内外の注目を集めた提携であった。
しかし、関係は時間の経過とともに変化していった。2025年5月、OpenAIはJony Iveが共同創業したio Productsを、既保有分を含む約65億ドル相当の取引で統合すると発表し、消費者向けハードウェアへの本格参入を明確にした。
2026年1月にはAppleとGoogleが複数年の提携を発表し、次世代のApple Foundation ModelsをGeminiのモデルとクラウド技術に基づいて開発する方針を示した。ただし、これはChatGPT連携の全面終了を意味するとは公式発表から確認できない。かつての協業関係が約2年で訴訟に至った経緯は、AI業界における提携関係の不安定さを端的に表しているだろう。
「ChatGPT企業」から「ハードウェア企業」への変質
OpenAI CEOのSam Altmanは、既存のスマートフォンとは異なる新たなAI端末の構想を示してきた。2026年4月には、アナリスト情報を基に、OpenAIがAIエージェントを中心に据えたスマートフォンまたは関連チップを検討しているとの報道も出た。ただし、OpenAIによる正式な製品発表ではない。
Appleにとって、OpenAIの消費者向けハードウェア参入は、iPhoneを中心とする事業と競合する可能性がある。もっとも、製品の仕様や発売計画は確定しておらず、現段階で脅威の大きさを断定することはできない。チャットボットの開発企業がハードウェアメーカーへと変質する過程で、かつてのパートナーの設計資産が利用されている――Appleの主張が示唆するのは、そうした構図である。
AI人材の引き抜き競争がはらむ法的リスク
営業秘密と個人の知識・経験の境界線
今回の訴訟が浮き彫りにするのは、AI業界における人材獲得競争と営業秘密管理の交差点である。転職そのものと、秘密として管理された具体的な設計図・技術仕様書・未発表製品情報の取得や利用は分けて考える必要がある。個別行為が営業秘密の侵害に当たるかは、情報の秘密性、管理状況、取得・利用方法を踏まえて裁判所が判断する。
Tang Tanのケースでは、長年の職務経験と、機密のプロジェクトコードネームを採用活動に利用したとAppleが主張する行為との区別が争点になりうる。Chang Liuのケースでは、退職後もアクセス可能だったネットワークストレージからのファイル取得について、権限や取得目的を含む事実認定が焦点となる可能性がある。
業界全体への波及効果
AppleとOpenAIは、それぞれ時価総額4.6兆ドルのコンシューマーテクノロジー企業とIPOを控えた生成AI最大手である。両社の法廷闘争は、AI業界全体の人材流動性や採用慣行に影響を与える可能性がある。
本件の帰結次第では、AI企業がハードウェア領域に進出する際の知財管理や採用プロセスに影響を与える可能性がある。
訴訟の行方とApple経営体制の転換期
OpenAIは声明で「他社の営業秘密に関心はない。人々を支援する革新的な技術の構築に集中している」と述べ、不正行為を否定した。一方のAppleは、営業秘密の使用・開示の差し止め、機密資料の返還、証拠保全を裁判所に求めている。
時間軸として注目されるのは、9月に予定されるAppleのCEO交代だ。Tim CookからJohn Ternusへの経営トップ移行のさなかで訴訟がどのように進展するかは、Appleの知財戦略の方向性を占う材料となる。
生成AIの競争軸が「モデルの性能」から「AIネイティブ端末」へと広がる中で、今回の訴訟は知的財産管理・人材獲得・サプライチェーンまでを含む競争の全体像を浮かび上がらせた。ChatGPT企業からハードウェア企業への脱皮を図るOpenAIと、自社の設計資産を死守するAppleとの攻防は、AI産業の次章を方向づける法廷闘争となりうる。
※出典:Apple sues OpenAI over alleged trade secret theft(TechCrunch) / Apple accuses OpenAI, and former design star Jony Ive’s io Products firm, of stealing hardware trade secrets in blockbuster lawsuit(Fortune) / Apple sues OpenAI alleging trade secret theft, says scheme was ‘at every level’(CNBC) / Apple accuses OpenAI of using stolen trade secrets to create its upcoming AI gadgets in new lawsuit(CNN)