SaaStr AI Annual 2026開幕——「エージェントを試す時代」の終わりを宣言した世界最大のBtoB+AIイベントと、NYCで同時開催された医療AIシンポジウムから読み取れること
※本記事は2026/05/13時点での情報を基にしており、閲覧時点では内容や状況が変わっている可能性があります。
5月12日、世界最大のBtoB+AIイベント「SaaStr AI Annual 2026」がカリフォルニア州サンマテオで開幕した。同日、ニューヨーク市のアイカーン医科大学(マウント・サイナイ)では「The New Wave of AI in Healthcare 2026」が始まった。
SFとNYC。SaaSとヘルスケア。参加者のプロフィールも議題も異なる2つのイベントだが、両者に共通するテーマは一つだ——「AIはもはや試す段階を終えた。今は実装と運用の段階にある」。
1週間の動きを俯瞰してみると、同じメッセージがいくつかの文脈で繰り返されている。AnthropicはSpaceX Colossus 1との大規模コンピュート提携(220,000基超のGPU、300MW超の電力)によりClaude Codeのレート制限を即日倍増させ、需要に追いつこうとしている(この件の詳細は5月11日付け記事で詳報している)。
そして今週のSaaStrとAI in Healthcareは、その同じ「実装の加速」が業界横断で起きていることを現場から証言する場となった。
SaaStr AI Annual 2026——「Deploy(実装)」が唯一のテーマになった年
前年比143%・12,500人超——何がここまで人を集めるのか
SaaStr AI Annual 2026は5月12〜14日、San Mateo County Event Centerで開催。12,500人以上のファウンダー・エグゼクティブ・VCが参加する世界最大のBtoB+AIイベントだ。SaaStr公式によれば今年の参加規模は前年比143%。参加者の顔ぶれも変わった。
ARR $1M〜$1B+の規模でGTMをAI向けに再構築しているファウンダーやエグゼクティブ、「人間+エージェント」の営業組織をどう設計するかを問うCRO、AIをエンタープライズ顧客に展開するCTOたちだ。
セッション登録データが示していることは明快だ——AIエージェントとAI-native GTMはもはやバズワードではない。それがアジェンダの全てだ。理論ではない。実際の展開、スケーリング、AIを中心に一からセールスチームを構築すること、従来のプレイブックを捨てること——上位10セッションは全て「現実世界でのAI展開」に関するものだ。
200人以上のスピーカー、300以上のセッション、100以上のAI-native GTMに関する深掘りワークショップ、3,000件以上のマッチングアプリ経由の1対1ミーティングが3日間にわたって展開される。
Deploy ‘26サミット——AIエージェントGTMの「現場報告会」
5月12日の1日を丸ごとAIエージェントのGTM活用に捧げたのが「Deploy ‘26」サミットだ。その最注目セッションが、SaaStrのChief AI OfficerであるAmelia Ibarra(Lerutte)がステージ上でスライドもデモ動画も使わずに「AIマーケティング副社長」をゼロから45分でライブ構築するセッションだ。
完成したシステムは14,230行のコード、月$95で稼働し、毎日のマーケティング活動の計画・キャンペーン実行・5年分の過去データとリアルタイムインプットの統合・月曜朝のスタンドアップ進行・Salesforceとの連携を担う。
単なるデモではない。これは「AIが経営幹部機能を月$95で代替できる」という現実を、ライブで証明する試みだ。
注目スピーカーが示す「実装の最前線」
Salesforceのアダム・アルファーノ(EVP Global SMB)は、Agentforceが15か月で29,000件のディール・$500M以上のAI Agent ARRを達成した事例を携えてステージに立つ。中小企業がFortune 500と同じエージェントを使う際に何が違うのかを示す内容だ。
データブリックスのアルサラン・タバコリ(共同創業者・SVP Field Engineering)は「AIエージェントの能力はその下にあるデータインフラと同レベルにしかならない」という視点から、$5B+ ARR企業が直面するデータ基盤の現実を語る。
AnthropicからはEleanor Dorfman(Head of Industries)が登壇し、世界有数のエンタープライズ企業が実際にどのようにClaudeを本番環境に展開しているかを解説する。
Canvaのアンワル・ハニーフ(GM & Head of Ecosystem)は「Canvaがなぜ独自AIフィーチャーの代わりにMCPサーバーを構築したか、そしてどうすればエージェントが選んでくれるツールになれるか」をテーマに話す。
StripeのMaia(CRO of AI)は、StripeがForbes AI 50の86%を支援している立場から、最速で成長するAI企業の収益化パターン——より早いマネタイズ、デフォルトのグローバル展開、エージェントがコマースで果たし始めている役割——を明かす。
「エージェントを試している会社」と「エージェントで稼いでいる会社」の分岐
Day 3の最も多くのリクエストを集めたオープニングキーノートのテーマは「エージェントが実際にBtoBでROIを生み出している場所と、まだパイロット地獄に留まっている場所、および2026年末までに何が変わるか」という、データに基づく率直な分析だ。
このセッションタイトルが示すように、SaaStr AI Annual 2026の空気を一言で表すなら「分岐の年」だ。エージェントを試し続けている企業と、エージェントで実際に収益を生み出し始めた企業の間に、目に見える差が生じ始めている。
The New Wave of AI in Healthcare 2026——「臨床の現場でAIは実際に何ができるか」を問う
Mount Sinai × NYASが年次開催するAI医療の知の集積地
2026年5月12〜13日、ニューヨーク市のアイカーン医科大学(マウント・サイナイ)のWindreich人工知能・人間健康学部とニューヨーク科学アカデミー(NYAS)が共催する2日間のシンポジウムが開催された。科学者・臨床医・業界イノベーター・政策専門家が一堂に会し、コンピュータ科学と医学の交差点における突破口を探る場だ。
AIとデジタル技術が、診断・治療・ケア提供の方法を前例のないスピードで変えている。先端的な機械学習の応用からリアルワールドエビデンス、患者向けデジタルツールまで、イノベーションは加速しており、臨床医・研究者・規制当局にとって並外れた可能性と複雑な課題の両方をもたらしている。
「AIはヒトに勝てるのか」——医療AIの核心的な問いがディベートに
今回のシンポジウムで特に注目を集めたのが、5月13日午後1時30分〜3時(EST)に行われる「AI versus Humans」と題したセッションだ。ヘイスティングスセンター(生命倫理研究機関)の代表・VarditRavitsky博士が登壇し、カリフォルニア大学サンディエゴ校のKarandeep Singh医師とディベートを行う形式で、AIと人間の役割の境界線を問う。
このディベート形式は、医療AI議論の成熟を示している。「AIは医療を変えるか」という問いはすでに答えが出つつある。今議論されているのは「どこまでAIに委ね、どこから人間が判断すべきか」という、より実践的かつ倫理的な問いだ。
キーノートにはDave A. Chokshi医師(元ニューヨーク市保健委員、現ベルビュー病院勤務・ニューヨーク市立大学教授)が登壇する。AIが診断精度の向上に留まらず、「画期的な治療法が実際に患者に届く」プロセスを革新する可能性を論じる内容が予告されている。
なぜ今、医療AIの「倫理・規制・実装」が議論の中心になるのか
医療AIに関する議論が「技術の可能性」から「実装の課題」へとシフトしている理由は明確だ。診断支援AIの承認事例は急増しており、FDA承認済みのAI/ML医療機器は、既に1,000件を超えている状況だ。
問題は「AIが使えるか」ではなく「AIを使った時に何が起きるか」——誤診の責任は誰が負うか、電子カルテが断片化した現実の病院環境で精度はどう変わるか、AIへのアクセスが医療格差を拡大しないか——という問いに移っている。
このシンポジウムが「倫理・規制・実装の課題」を明示的に議題の中心に置いていること自体が、医療AIが「実験的な研究」から「臨床現場への統合」へと移行しつつある証左だ。
2つのイベントが同時に示すもの——AIは「1つの産業の話」ではなくなった
SaaStr AI Annualと、AI in Healthcare Conferenceが同じ週に開催されたことは偶然だが、2つのイベントが示す大きな流れは一致している。AIエージェントの実装が、BtoB SaaSと医療という性格の異なる2つの産業で、同時並行で「実験から実装へ」のフェーズ移行を迎えているという事実である。
SaaStrが示すのは、エージェントが営業・マーケティング・カスタマーサクセスといったGTM機能を根本から再設計するスピードだ。Owner.comのAEが従来比3倍の収益を上げ、AIがSDRとして入社初日から$3Mを受注し、月$95のシステムがマーケティング副社長の業務を担う——これらは「将来の話」ではなく、2026年5月の現場報告だ。
AI in Healthcareが示すのは、AIが人間の専門性の高い判断領域にまで踏み込み始めているという事実だ。「AIはヒトに勝てるか」をディベート形式で問う必要が生じたこと自体、そのフロンティアが現実のものになりつつあることを意味する。
BtoBマーケター・経営層が今週から動くべきこと
「パイロット地獄」から脱するためのSaaStr的思考法
SaaStr AI Annual 2026が繰り返し強調するメッセージの核心は「実装しない理由がなくなりつつある」という認識だ。ライブコーディングワークショップでは「コーディング経験がなくても30分でエージェントが作れる」ことを実証し、Deploy ‘26サミットでは実際に本番稼働中のエージェントを持つ企業の担当者だけが登壇する。
BtoBマーケターと経営層にとっての問いは「AIエージェントをどのGTM機能から始めるか」であって「始めるかどうか」ではなくなりつつある。SaaStr的な視点で言えば、「パイロットを止めて本番稼働させた最初の一社」と「まだ評価中の競合」の差は、今後数か月で急速に開く可能性がある。
医療AIが示す「高リスク領域での実装基準」は他業種の先行指標
医療AIの倫理・規制・実装議論は、規制が厳しい特殊な業界の問題ではない。「AIの判断に対する説明責任」「エラーが発生した時の責任所在」「AIアクセスの公平性」という問いは、金融・法務・教育・製造など、あらゆるBtoB業種でAI活用が進むにつれて同様に問われていく。
医療AIが現在議論している論点は、他業種が2〜3年後に直面する問いの先行指標として読むことができる。
今週2都市で起きたことは、AI実装の「地理的・産業的な広がり」を示している。SaaSとヘルスケアが同じ週に「実装フェーズへの移行」を宣言したなら、次にその宣言が起きる産業・機能・業務プロセスはどこかを、今から問い始めることが競争優位につながる。